家の裏手にさほど大きくはない栗の木がある。
私が15年ほど前に移り住んだ家は、当時すでに老齢だった売主によると「明治40年くらいではないかなあ」という定かではない築年数の古民家で、赤松の梁と茅葺きの屋根、大黒柱といってもせいぜい五寸程に過ぎず、当時でも貧しい方の農家であったと思われる。
この家に移り住んだのは秋の深まる頃で、家の裏には栗のイガが山盛りになっており、朽ちた水楢の捨て木から椎茸が生え、離れの倉庫の背後には篠竹が押し寄せるように茂っていた。その栗を母が拾ってきては栗飯を炊いたり、息子が大きくなりすぎた椎茸を取ってきて喜んだりしていた。
移り住んで2.3年ほど経った頃には、夏になると息子は裏の栗の木に毎日通った。いくつかあった栗の木は畑の陽射しを遮るので私が切り倒してしまい、残されたのはその一本だけになっていた。
どういうわけだか今になってもわからないのだが、その年はカブトムシが大量に発生したらしく、息子は毎日カブトムシかクワガタを捕まえて帰ってきた。少し離れたところにある蕎麦畑に冬のあいだ堆肥が積まれていたから、そこで幼虫が冬を越したのかもしれない。
そんなことがあるかと私もいってみて、息子が登ったさらに先までよじ登って幹をやおら強く蹴ってみると、夏の日差しで草臥れた下草の上にボタボタとカブトムシが落ちてきた。虫籠の容積を遥かに超えるカブトムシとクワガタを集めて、息子はしばらくはバケツに網を被せてそれを飼っていたが、夏の終わりになると定めのように次々と死んでいった。
息子は死骸を数日は縁側に並べて、大きさ比べなどをして動かぬ様を見ていたが、やがて動かぬ昆虫の悲しさに耐えかねたのか、一緒に庭の隅に穴を掘って埋めやった。
男子の好奇心が爆発的とも思えるほどに膨らむのは小学3年生であるらしく、息子はその頃から甲虫集めに熱中した。
春はダイコクコガネという糞虫から始まった。山に連れていくと道端にあるタヌキかなにかの糞の前でしゃがみ込んでは動かない。紫や緑や赤の光沢を持つダイコクコガネを拾っては集めた。これから山に行ってタヌキの糞を見つけたら、全部集めて来いと言うのには困った。
ある時はダンゴムシに熱中した。家の軒やら鉢植えやらをひっくり返し、無数とも言えるダンゴムシとワラジムシを集めてきた。ダンゴムシはなんでも食うのだと言って玉子の殻を集めては食わせていた。
歩いて15分ほどのところに、山から来る湧水の小川が流れており、そこに連れて行くといつまでも石をひっくり返してはサワガニを捕った。サワガニがあれほど取れる小川は今では珍しいかもしれない。30ほども蟹を集めるとようやく満足してその中のハサミの大きい大物のオス数匹だけを確保すると、残りは元の川に放してようやく帰れるという感じだった。
息子の捕獲欲はある日突然に対象を変えるのが常だった。次に彼の興味は水生昆虫に向けられた。
学校の図書室からゲンゴロウの図鑑を見つけてくると、それ以降口を開くたびに「ゲンゴロウはどこにいる?」と唱えるようになった。宿題などには全く目もくれず図鑑ばかりを眺めて暮らしている。
「どうもこの子は興味が偏りすぎて落ち着きがない。多動症ってやつかもしれない」などと妻は言っている。特別教育に携わる友人の教師に聞いてみる。
「昆虫に熱中するタイプは最近では珍しいが、ひと昔前ならそれは普通だ」と言われる。
私は過去を振り返ってゲンゴロウの記憶を辿ってみた。私が彼の年齢の頃、学校の近くには戦後に廃校になった校舎の使われていない屋外プールがあって、雨水が満々と溜まってびっしりと水草が生えていた。
飛び込み台の上から水中を観察するとたくさんの水生昆虫がいた。体の甲を白く縁取られたゲンゴロウの姿はたしかに記憶の片隅に残っている。同じ大きさだが縁取られていない姿の虫がいて、捕まえると少し嫌な匂いを放っていたが、これはゲンゴロウではなくガムシだといって雑魚の扱いをしていた。
しかしその廃屋のプールはずいぶん前に撤去されて、その跡地には製材所が建っているはずである。
試みに息子を連れて家の近くの池をいくつか回ってみる。
ある池にはコオイムシやマツモムシばかりが棲んでいる。
ある池にはトンボが多く何種類かのヤゴやアカハライモリが棲んでいた。
息子はタモ網で水辺を掻き回し、次々に中に入る虫をひとつひとつ摘んでバケツに集めてはその虫の名前を同定している。
私は池の淀みの中にこれほどの生命が充溢しているのを目にし、内心では驚嘆する思いだった。淀みには渓流のような新鮮な酸素が満ちているようには見えなかったが、降り積もった落ち葉が発酵して静かに泡を出しており、それらを主食にする昆虫、そしてその遺骸を目当てにするさまざまな生物が集まっていた。
しかし以前としてゲンゴロウは姿を見せない。
「くそ!ゲンゴロウはどこにいるんだ!」
息子は一人、腰まで池に浸かりながら叫んでいた。
ひと月で二十ほども池を回ったろうか、ある日の夕方、通りがかりの神社の横に、地形図には記載されていない池があるのを見つけた。
神社の裏手に私の軽バンを停めて近づくと、池には参詣者が渡る小さな太鼓橋がかかっている。私が社にかかる額などを眺めて鈴緒の前に佇んでいると例によって息子が叫ぶのが聞こえる。
振り返れば息子が網を池に差し込んで何やら言っている。近づくと岸辺にいた赤いものがスッと池の暗がりへ消えて行くのが視界の端に入った。
「ザリガニ!」
息子は素早くザリガニを網で抑えようとするが案外にザリガニは素早く、じっとしているかに見えて瞬間に池の中に後ろ向きに沈み、決して網には入らない。
「こいつらバックする!」
ザリガニの「ざり」は「いざり」で後ろ向きにすり足で動くことを言うのだが、もっともこれは後になって知った。ともかくエビと同じで進行方向は後ろである。
アメリカザリガニはその名の通りの外来種で、多少水が悪くても棲息し、ゲンゴロウらを駆逐した張本人であり、息子にとっては仇筋に当たる。
とりあえず近くのコンビニで味付けのない、素焼きの固そうなスルメを買ってくると、あたりの薮から竹を切ってきて手元にあった工作用の木綿糸を結び、静かにザリガニの前に垂らしてみる。
彼らは2本の爪でスルメを掴んだところで苦もなく息子によって水から引き抜かれ、岸辺に蒸した苔の上でバタバタと仰向けになったがなおもスルメを離さない。
まもなくバケツはザリガニでいっぱいとなって日は暮れかかったが、息子は止めようとしない。車のヘッドライトの前で特別に大物の二匹だけを選びだし、あとは元いた池に放してようやく引きあげた。
「だけど欲しいのはザリガニじゃないんだよなー、ゲンゴロウなんだよ」
後部座席で息子は漁師の口調である。
翌週は遠征を決め込んで、遠くの池まで息子と出かける。あらかじめ地形図を眺め、化学肥料や農薬の入り込まなそうな最上流にある溜池を本命に据えた。
その道中でも通りがかりにあるいくつかの池を巡る。護岸化されていない流速の遅い自然の水路があればそこにゲンゴロウやタガメが生息するかもしれない。
前半に回った池は例によってコオイムシ、タイコウチ、ヤゴといったお馴染みの面々ばかりである。背泳ぎの愉快な姿勢で泳ぐマツモムシを素手で集めていたら、息子が指を刺されたりした。またある池では湖畔で休んでいた鹿が、ガサガサと藪を掻き分けていく私たちの前を泥田に足を取られながら飛び出したりした。
日が傾き始め、棚田を登っていき、本命の溜池の近くに車を停めると農家の老人が畦で鍬を洗っていた。
「すみません、虫取りでして。。」
それに付き合う父親然として、決して水源を荒らす怪しいものではないという体裁をまとって網を担いだ息子の横を歩く。
「気をつけろし」と老人が声をかけてくれる。
池には思った通りに山から水が引いてあり、結構な勢いで冷水が流れ込んでいる。これは酸素が豊富なんじゃないかと息子が言う。しかしやや水温が低いんではないかと私が言う。
護岸は半面を蛇籠で組んであり、残り半面は自然の土手である、水草は多くはない。ゲンゴロウはサナギの時期を水中ではなく陸上の土手の中で過ごす。護岸がコンクリートで固められた池には棲めない。
蛇籠に沿って歩くと細く弱々しい糸蜻蛉が一斉に飛び立った。
さっそく息子が網を刺し入れると無茶苦茶に糸蜻蛉やオニヤンマなどのヤゴ類が入った。次に入ったのは黒ゲンゴロウである。ナミゲンゴロウより一回り小さいが、黒光りしてゲンゴロウ属特有の細毛が密生した後ろ足を持ち、自在に水中を動き回る。
「ここはなんかいそうだなー」

例によって息子はパンツ一枚で長靴はすでに水没し、腿まで水に浸かっている。毎回あの足回りで泥沼に足を取られたりしているので、むしろ長靴ではない方がいいかなと思っていたら、次の網をじっと見つめたあとに息子は天を仰ぎ、叫んでいた。
「やった!ナミゲン入った!」
網の中には確かに、今まで見た水生昆虫とは一線を画す大型の甲虫がキビキビと歩き回っており、薄黄色に縁取られた深緑の背中の光沢が夏の夕日にさらに深い艶を増して見えた。

私の持つ虫籠に移してみると、細毛が密生した両後ろ脚を交互に、実に器用な様子で水を掻いて自在に泳ぎ回っている。カブトムシ類の形としての存在感や、クワガタの鋭利な刃物のような美しさとは違う。水という流体の中でも止水の中で暮らすことを選んだこの甲虫は、エラ呼吸ではなく水面で空気呼吸をするために、旋回や浮上潜航を得意としている。動きとしてこれほどに豊かな仕草を見せる甲虫は他にはないだろう
そのあと息子は続けざまにゲンゴロウを2匹取った。そのうち1匹は素手で掴んだ。私も1匹を網で掬った。
流水が多く透明度が高いその池では沈んでいるゲンゴロウであっても背中の縁取りが見つけやすく、狙って網を入れることができた。
「やっぱ棲んでんだー、探せば棲んでんだー」
夕暮れが迫る池の畔に立って息子はしみじみと叫んでいた。
ゲンゴロウといういかにも身近な名前を持つこの甲虫は、人の豊かな生活の代償にその棲家を追われ、これほどまでに狭く限られた池でしか見つけることはできない。彼らを見つけたことの息子の喜びは、すなわちすでに失われてしまったものへの悲しみと同義なのだろう。
喜びと悲しみの同居する景色をはやくも息子に見させてしまったことに、私は微かに怖さも感じたのだった。

