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秋の稜線に浮かぶ光の輪――「御来迎」の祈りとブロッケン現象のふしぎ

秋の稜線に浮かぶ光の輪――「御来迎」の祈りとブロッケン現象のふしぎ

今夜は一段と冷え込みますね。外では北アルプスの冷たい風が、小屋の羽目板をカタカタと揺らしておりますよ。さあさあ、遠慮なさらずに、もっと薪ストーブの近くへおいでください。鉄瓶の湯もいい具合に沸いておりますから、熱いお茶でも淹れましょう。ほら、うちの三毛猫のおこげも、ストーブの前の一番いい特等席を陣取って、すっかり丸くなって眠り込んでおります。山歩きでお疲れになった身体には、このじんわりとした温もりが何よりのごちそうでございますからね。

ところで、先ほど小屋に到着されたお客さんが、興奮冷めやらぬといった面持ちで話してくださいましたね。午後の稜線を歩いている折、ふと谷底から湧き上がってきた白い霧の中に、自分の影が大きく映し出され、そのまわりに色鮮やかな虹のような光の輪が浮かび上がった、と。手を振ってみたら影も同じように手を振り返してきて、なんとも不思議で、吸い込まれそうな美しさだったとおっしゃっていました。山を歩く者なら一度は出会ってみたいと願うその光景――あれを昔の山の人々は特別な祈りを込めて見つめ、今ではある光学現象として知られているのですよ。

秋の稜線に浮かぶ光の輪――「御来迎」の祈りとブロッケン現象のふしぎの挿絵

霧のスクリーンに浮かぶ影と、めぐる光の輪

昼間に稜線で見られたあの幻想的な光景は、今では一般に「ブロッケン現象」と呼ばれております。山歩きをされる方なら、雑誌や写真集などでその名前を一度は耳にしたことがあるかもしれませんね。

この現象の正体を言葉で申しますとね、太陽を背にして立った観測者の前方にある霧や雲などに自分の影が映し出され、その影の周囲に虹のような光の輪が現れるというものでございます。自分が立っている場所の後ろから太陽の光が射し込み、目の前の谷や斜面にちょうど霧が立ち込めている――その絶妙な位置関係が揃ったときにだけ、ふっと姿を現す自然のいたずらのようなものなのですよ。

体験された方ならよくお分かりかと思いますが、この現象に出会ったとき、人は決まって自分の影のまわりにだけ光の輪が寄り添っているように見えます。たとえ隣に仲間が並んで立っていたとしても、自分の目線からは自分の影の頭部を中心に光の輪が丸く描かれ、隣の人の輪は見えにくいのですね。まるで、山が自分ひとりのためだけに用意してくれた特別な舞台のように感じられて、息をのんでしまうのも無理はございません。

では、山の上ならどこでも、いつでも見られるのかというと、そう簡単にはまいりません。山岳においてこの現象に出会うには、ちょっとした気象の巡り合わせが必要なのでございますよ。

特に発生しやすいとされているのが、険しい山肌に沿って霧がゆっくりと這い上がるように上昇し、稜線に出て日光にあたったところでふわりと消えていく……そんな気象条件のときでございます。谷間からは次から次へと湿った空気が押し上げられて霧のスクリーンを作り出し、一方で稜線の上には遮るもののない明るい陽光が降り注いでいる。その境界線にちょうど登山者が立ったとき、光と影の奇跡のような瞬間が生まれるわけでございますね。秋の澄んだ空気と、昼夜の寒暖差によって谷から霧が湧き立つ今の季節は、まさにその条件に出会いやすい頃合いと言えるかもしれません。

阿弥陀の光背か――山岳信仰が拝した「御来迎」

さて、現代の私たちは「太陽を背にして霧に影が映る現象だ」と理屈で知っているからこそ、驚きつつもカメラを構えて楽しむことができます。ですが、そうした知識のなかった昔の人々が、深い山の中でこの光景に突然出会ったとしたら、一体どう感じたでしょうか。

深い霧の彼方に、巨大な自分の影が立ち現れ、その頭のまわりには眩い虹色の光の輪が神々しく輝いている――。風の音しか聞こえない神聖な高山でそんな姿を目にすれば、人は思わずその場にひれ伏し、手を合わせたに違いありません。かつての日本の山では、まさにそうした体験から、この霧に映る人影と光輪を、光輪を背負った仏様の姿に見立てて「御来迎(ごらいごう)」と呼んで深く拝していた、と伝えられているのですよ。

「御来迎」というのは、仏様や菩薩様が光背を負って、西方浄土から現世の人間を迎えに来てくださる姿のことでございます。高山の山頂などで霧や雲に投影された影と光輪を、山に登った昔の人々は、まさに仏や菩薩が光背を負って現世に迎えに来るありがたい姿に見立てて、「御来迎」あるいは「来光」と称して尊んだのでございますね。

この山岳信仰における「御来迎」の受け止めを今によく伝えているのが、古くから山岳信仰の対象となってきた立山に伝わる「立山曼荼羅」でございます。立山信仰を描いた立山曼荼羅の中には、阿弥陀如来や多くの菩薩様が信者を浄土へと迎えに来る姿が美しく描かれているのですが、山中で目撃されたこのブロッケン現象が、まさにその阿弥陀如来や菩薩の姿と重ね合わされたと考えられているのですよ。

険しい岩場を越え、現世の苦しみを乗り越えるようにしてやっとの思いで辿り着いた高い山の上で、霧の中から現れた光り輝く影。当時の人々にとってそれは、単なる自然の気まぐれなどではなく、信仰の誠が通じて極楽浄土の仏様が姿を現してくださったのだという、震えるほどの感激であったことでしょう。山を神仏の住まう異界として恐れ、敬ってきた昔の人々の澄んだ心が、霧のスクリーンに阿弥陀様の優しいお姿を映し出したのかもしれませんね。

水滴と陽光が織りなす、光の回折

昔の人々が仏の来迎と信じて手を合わせたその光の輪ですが、現代の科学の目で見つめると、そこにはまた違った、自然の精緻な仕組みが隠されております。

雨上がりの空にかかる大きな虹は、空気中の雨粒の中で太陽の光が「屈折」して「反射」することで生まれますが、このブロッケン現象の光の輪が生まれる仕組みは、虹とは少し異なるのでございます。この光の輪は、雲や霧を構成しているごくごく微小な水滴に太陽光が当たった際、光が「回折(かいせつ)」することによって生じるのですよ。

回折というのは、光の波が障害物や小さな粒のすき間を通るときに、背後へと回り込んで広がる現象のことでございます。霧の粒というのは、雨粒に比べると驚くほど小さく、目に見えないほど細かな水滴が無数に漂っている状態ですね。その微小な水滴たちに強い太陽の光がぶつかると、光の波は水滴の縁を回り込み、波同士が強め合ったり打ち消し合ったりしながら、規則的に波長ごと――つまり色ごとに分けられていくのでございます。

波長の長さによって光が分けられることで、中心の影を取り囲むように、赤や黄、青といった色の光が同心円状の美しい輪を描き出すのですね。条件が整いますと、その輪が二重、三重に重なって見えることすらございます。

  • 背後からまっすぐに射し込む強い太陽光
  • 前方の谷や斜面に漂う、微小な水滴でできた濃い霧のスクリーン
  • 霧の粒によって光が回折し、波長ごとに規則正しく分けられる現象

こうして要素を並べてみますと、実に厳密で理路整然とした物理の働きであることがよく分かります。しかし、だからといって神秘さが失われるわけでは決してございませんよね。広大な山肌をゆっくりと霧が這い上がり、稜線の日光に触れて消えていく、そのほんのひと時の狭間に、光の回折という物理の法則と、そこへ偶然居合わせた人間の存在が重なり合う……。そう考えると、科学の理屈を知った後であっても、なお胸を打たれるような奇跡の光景に思えてならないのでございます。

夜が更ける山小屋と、胸に残る光

……おや、話に夢中になっているうちに、鉄瓶の湯気が細くなってまいりましたね。薪をもう一本くべるといたしましょう。ほら、パチリといい音がしましたよ。膝の上のおこげも、温かいストーブの熱気に喉をゴロゴロと鳴らしながら、幸せそうに夢の中を歩いているようでございます。

仏様のお迎えと信じて手を合わせ、涙を流した昔の登拝者たち。そして、光学の不思議に目をみはり、自然の造形の美しさに息をのむ現代の登山者たち。時代が移り変わり、その光輪を説明する言葉が変わったとしても、霧の彼方に浮かび上がる我が身の影と虹色の光を見つめるとき、人の胸に湧き上がる純粋な畏敬の念は、何ひとつ変わっていないのかもしれません。

山という場所は、時に厳しい風雨で私たちを試すこともございますが、ふとした瞬間に、こうした息をのむような美しい幻影を見せて旅人を迎えてくれます。今日、あの光の輪に出会えたお客さんは、本当に良い山歩きをなさいましたね。その胸に灯った柔らかな光の輪の記憶は、山を下りて日常の忙しさに戻った後も、きっと温かく心を照らし続けてくれるはずでございますよ。

さあ、ランプの芯を少し下げましょうか。明日の朝も、きっと稜線の向こうから力強い朝日が昇ってまいります。しっかり眠って、足を休めてくださいね。それでは、今夜はこのあたりで……どうぞ、あたたかな良い夢を。

参考にした資料

(2026/10/14時点で確認)

次回の「灯守の夜ばなし」は金曜日にお届けします。

語り部について

灯守の宗爺(ひもりのそうじい)

北アルプスの奥にあるという架空の山小屋「霧ノ小屋」で、半世紀にわたってランプの火を守ってきた語り部。夜、ストーブのそばで泊まり客に山の昔話や不思議な話を聞かせるのが何よりの楽しみ。小屋に住みついた三毛猫「おこげ」が相棒。

宗爺は、山旅旅編集部が生んだ架空の語り部です。この連載はAIの力を借りて執筆し、編集部が内容を確認して公開しています。

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